全盲での医師国家試験合格者第1号者として精神科医となった守田稔さんと、精神科医としてのみならず映画評や音楽評などでも活躍する名越康文さんが邂逅。医師らしからぬ!?関西弁トークが炸裂しながらも、患者を預かる者同士、互いに大きな「気づき」を提供し合った。
二人のクロストーク
名越康文さん(以下、名越):さっきの診察室でのプチカウンセリングでもビックリしたんですが、今もこうして守田先生と話していると、なんて言うか、守田先生は、僕のことを体全体で受け止めてくれている感じがするんですね。
守田稔さん(以下、守田):えーっ、そうですか! 嬉しいです。僕は目が見えないからこそ、全身で受け止めようって。確かに、そう思って患者さんに対応してますね。
名越:いやー、それがよくわかるんですよ! まるで僕のつま先まで見えているような感じがして、そのことに僕が感応してしまって…。守田先生が受け止めてくれてるってことを感じまくっているせいか、さっきのカウンセリングで、正直、2回泣きそうになりましたからね、僕。
守田:いやー、そんな、言うてもろたら、めっちゃ嬉しいですわ!
名越:僕は精神科医になって今年で21年目。守田先生は6年目。その分、ちょっとだけ先輩ヅラして言わせてもらうと、長い時間をかけた診療を経験してから、相手によって時間を短くすることはできるけど、最初から診察を短時間でしようって考え方は、アカンよね?
守田:そうですね。僕もそう思います。僕は目が見えないため、診療を介助してくれるスタッフに付いてもらっているんですね。患者さんの表情や顔色、服装などは、そのスタッフに伝えてもらってますので、よけいに時間がかかってしまいます。それに、その場でカルテが書けないので、診療後のカルテづくりにもどうしても時間がかかってしまうんです。
名越:ということは、カルテはパソコンに入力して?
守田:はい。以前は患者さんの了解を取って、会話をテープに録音していました。それを全部パソコンで入力していたんです。
名越:録音したテープをすべてですか?
守田:はい。だから、ものスゴい時間がかかってしまって。最近は、大事な部分だけをカルテにするようにしています。
名越:それは、大変やわ! 先生、ようやりはりましたねぇ。でも、患者さんのその日の気分って服装でわかったりもしますけど、守田先生の場合、どうしてます? 「今日はどんな服装着てますか?」とか、そんなことも聞かれるんですか?
守田:ええ、患者さんも、僕が見えないことがわかっていますので、しっかりと言葉で伝えようとしてくれます。
名越:なるほどね。クライアント(患者)は、守田先生に伝えたいと思うから、気持ちをうまく言葉に変換しようとしますよね? そうやって言葉にすることで、クライアント自身は、自分の言葉でハッと気づくことがいっぱいあるはず。僕がさっきそうだったように、です。守田先生だからこそ、クライアントには見えてくるものがある。そう考えると、人間は視覚に頼りすぎてるんですねぇ。
守田:これは、目が見えないゆえのメリットだと、僕は考えるようにしているんですけど、外見がどうこう、ということに僕は影響されない。だから、きっと、より患者さんの内面に集中できるんでしょうね。
名越:守田先生と話しているとね、自分のことを改めてしっかり語ろう、という気になりますもの。
名越:守田先生は、視覚に障害がある人で医師国家試験に合格された第1号と聞いています。精神科の、それも性同一性障害の専門医になられたのはどうしてですか?
守田:学生時代は、実はあまり勉強熱心でなくて(笑)。何科の医師になろうかと考える前に発病してしまい、それで、目が見えなくなったことで選んだのが精神科だったんです。中でも言葉でのコミュニケーションが中心となる性同一性障害がいいのではないかと、ある先輩先生が勧めてくださいました。
名越:なるほど。守田先生にとって、医師としてのやりがいって何ですか?
守田:「しんどい、しんどい」言うてた患者さんが、元気を取り戻されていく様子が、話をしている中で実感できる時ですね。
名越:医師としてのやりがいと言ったら、ホンマにそこですよね。先生、これから専門医としてやりたいことってあります?
守田:まだ未熟ですが、性同一性障害だけでなく、ほかの精神疾患に関しても勉強して、たずさわっていけるといいですね。それと、自分のように障害のある方たちともかかわれたら、と。
名越:それはいい! 患者さんにとっても心強いはずですよ。僕はね、医師としては変な言い方かもしれないけれど、クライアントさんと接する中で、楽しいことも苦しいことも、全部楽しんでしまえば、新たな何かに気づくことがわかってきたんですよ。だから、楽しむこと、新しいことを発見し続けたい。いつも新しいことに気づきたいと感じていれば、沈んだ気持ちにもならないですよね?
守田:そうですね。僕も同じで、何でも楽しんでいこう、と。でも、まだ経験不足でして…。名越先生のように、新しいことに気づきたいとか、いつもそういうふうに考えていけるようになりたいです。
名越:それは先生、ほめ殺しやわ(笑) 。でも、正直言って辞めたいと思ったことはないです?
守田:それはないですね。障害を負って、一時は体がまったく動かなくて、それこそ舌も動かなかったので、コミュニケーションも取れない状態。その時は絶望しました。でも、だからこそ生きたいって思うようになったんです。それも、ただ生きるんではなくて、生活したい、と。生活がしたいってことは、仕事をしたいということでもあるわけで…。
名越:それは重い言葉です。仕事って、遊びで得られる喜び以上にウキウキすることが確かにありますよね。いや、でもね、僕は生活することと働くことが本当に結びついたのは、つい最近だと思います。48才になって、この歳になってやっとです。ホント、守田先生の言葉一つ一つが身にしみる!
守田:かなり不自由だけど体が動かせるんだから…と、はっと気づいたんですよ! その瞬間、またちゃんと生きたいと強く思ったんです。幸いにして僕は車イスで移動できましたしね。コミュニケーションが取れることのありがたみは、一度それを失ったからわかるようになりました。でも、今また、そのありがたみを忘れてしまう瞬間があるんですけど(笑)。
名越:いや、そのありがたみは、僕自身も身にしみましたよ! 僕、守田先生と話をしていて、気持ちがスッキリしましたもん。かゆいところに手が届く「孫の手」みたいです。ホンマに(笑)。
守田:おっ、そんな…(笑)。ありがとうございます!
■幼い頃の夢は?
守田さん 医者。父が開業医なので、憧れていました
名越さん オペラ歌手か漫画家になること
■リスペクトしてる人は?
守田さん 父親ですね。一家の大黒柱として威厳のある父ですから
名越さん これはたくさんいて、うーん、たくさんいて困ります。答えられない
■好きな言葉は?
守田さん 「一歩一歩」。ちょっと進んだら、また振り返って、そしてまたちょっと先に、
その繰り返しが大事だと
名越さん 「これもまた過ぎ去る」。この言葉を必要とする日が、どんな人にも必ず来ます
■趣味は?
守田さん 鉄道旅行。じっくり音を聞いたり、においをかいだりしながら乗る、
という新たな喜びが増えました
名越さん 散歩。歩くことは思索すること、ですね
■初めての給料、どう使った?
守田さん 世話になった両親に旅行に行ってもらいたかったので、全額両親に。
京都の天橋立に行って楽しんでくれました
名越さん 当時、欲しかった家電製品を買ったんですが、昔のことすぎて、忘れてしまいました